「光圀伝」(冲方 丁)読了 −「そのendか」と呟く

光圀伝

光圀伝

(※以下の記述にはネタバレを含みます)

最近電車通勤で、それなりの程度の時間でさーっと読めるモノを、と思って冲方 丁の短編集「OUT OF CONTROL」を余り期待せずに読んで、というのも、そもそも昔昔「マルドゥクスクランブル」をとても面白く読んだのですが、「天地明察」が有名になったときに買って最初の方だけ少し読んで、なんだか余り面白くなくて放り出して、「やっぱりこの人に時代小説は無理だから、素直にSF書いててくれればいいのに」とか失礼なことを思って、だから「光圀伝」も特に興味をもたず放置していたわけです。
ところが、「OUT OF CONTROL」に入っていた諸作が思いの外面白くて、しかも「天地明察」の原型短編と言われる「日本改暦事情」が特に面白くて、「え。天地明察ってこんな話だったのか。つーか面白いじゃないすか」と思って、本棚から下ろして読んだら、結局短編と同じ話だったんだけど、それでもやっぱり面白くて、そのままの勢いで「光圀伝」まで買って読んでしまったのです。*1
で、感想。『なんというギャルゲ。しかもハーレム
ギャルゲというのは、おおむね主人公とそれに関わるヒロインが出てきまして(しばしば複数)、そしていろいろ紆余曲折があって、最後に誰かと(もしくは複数と)結ばれたり、結ばれるのに失敗して無念を味わったりするゲームです。特徴は、「ストーリーはおおむねシンプルで、出会って、いろいろあって、結ばれる、以上。」「ヒロインキャラクターはそれぞれ属性(メガネとかツンデレとかお姉様とか妹とかアイドルとか…)をもち分散配置される」「キャラクターとの恋愛を実らせendingにたどり着く(『攻略』という)ことが目的」…etcの特徴をもちます。ねらっていたヒロインと仲良くなれたり、しかし実はルート選択に失敗していて、全然親密になれずやきもきしたり、そうしている間にもタイムリミット(卒業とか、転校とか)は刻々と近づいてきて、果たしてハッピーエンドのendingにたどり着けるのか…とプレイヤーははらはらする、まあそういうゲームです。*2
このお話は、まあ一応時代劇なのですが、主人公「光圀くん」は、親との関係に鬱屈したものを抱えていて、そのせいでうまく恋愛できません。典型的なギャルゲ主人公です。でもって、彼はとにかくご都合主義的な出会いによって、理解に溢れ頼れる兄や、心から信頼できる友人、全てを包み込む天使のような妻、神とも仰ぎ見る道の先達、有能な美人秘書、尊敬できる師、自らを慕う子、仕事を任せられる可愛い部下…などに囲まれます。ハーレムです。ですが、endingにたどり着くころには、これらのほとんどの人が死んだり殺されたりして退場していきます。まあ、ほかのヒロインにはそれぞれどこかで退場してもらわないとENDINGにならないので、それは仕方ありません。お話が進行していくにつれ、意外な人が退場したり(死んだり)、「この人とendingを迎えるんじゃないかな」というフラグらしきものが見えたり、結局それはブラフだったり、と読み手の気を揉ませます。この辺り、ギャルゲとしてよくできてます。ベタだけれど、はらはらさせる。途中、前作の主人公がちょい役で出てくる辺りも、ありがちですが良いサービスです。さて、一体光圀は、自らの死を迎えるとき、誰とともにいるのか?(誰END?) はたまた独りぼっちで死を迎えるのか?(BAD END?) はらはら…どきどき…。そして……
やがて迎える感動のツンデレEND。マジか。なんという俺得。ハーレム系のツンデレEND、大好きです。ごちそうさま。いやー面白かった。あと、ラストで物語自体に仕掛けられた歴史への伏線が明かされるあたりの厨二っぷりも、なかなかよかったです。よくできた作品でした。複数ENDはなくて一本道なのですが、低価格(1,900円)帯のゲームとしては、かなり良心的な作品と言えるのではないでしょうか。
しかし、これ一応時代小説なんですよね。

いやー。
光圀って本当にこんなギャルゲ主人公だったのですか? というより、ちょっとギャルゲナイズしすぎ、と考えてしまってちょっと醒めるのが、本作の難と言えば難です。ギャルゲとしては楽しいけど、これは時代小説なのか?という。ギャルゲっぽ過ぎる、というより、ほぼギャルゲ。まあ、面白いからいいんですが、「神のみぞ知るセカイ」の"落とし神"桂木桂馬くんならば、「これは○○というゲームのヒロイン○○のパターンだな。こっちは××の…」と全て説明してくれそうで、いかがなものかなあ、と。*3
しかし、まあ、これは逆に考えるべきなのかもしれません。ギャルゲはついに名実共に文化になったのか、と。たとえば、S.スピルバーグがどこまでもハリウッドの手法で「プライベートライアン」を撮り「シンドラーのリスト」を撮り、最近では「リンカーン」を撮り、実に小難しい主題をこんなに分かりやすく2時間にまとめちゃっていいの?という批判を受けながらも、今や歴史映画の重鎮然とした顔をしているように、娯楽の手法であっても(というよりは娯楽の手法とされていたものだからこそ)それを十全に身に付けた人は、アートと言われるものを作り出すに至るのかな、と。
ライトノベルの世界から出発した冲方 丁が、それを捨てるのではなく、その手法で時代小説を切り開いたというところに、とても面白さを感じました。ひょっとすると、極論ですが、次世代の文化とは、常に前世代の「単なる娯楽」の中から生まれてくるのかもしれませんね。

*1:ちなみに、読み返しても、その放り出した最初の部分だけは、やっぱり面白くなかったです。あそこだけ、なんだか主人公のキャラが軽く、違和感があります。あの短編が先にあるというのに、なんでああなるんだろう?

*2:説明はかなり適当です。

*3:茶化してますが、冲方 丁、やっぱり優れた書き手です。名台詞に何度かうならされたり、電車の中でも何度か泣かされました。