『いじめ』を減らすために…

真性引き篭もりブログさんのところで、いじめに関する話題。
最大の対策は「逃げ場を作ること」だという話には大いに賛成。それは被害者だけでなく加害者にも。実際いじめが発生してしまったら、学校の教師にできることなど、もうほとんど残っていません。*1「和解」など望むべくもありません。現状では、被害者か加害者のどちらかを学校の外に送り出すことだけが教師にできる最後の仕事です。だから、その前段階において「学校以外の選択肢」がもしあれば、いじめの発生をかなり防げると思います。
ただ、引用先で述べられている「教師の給料半減→教師の数を倍」というのはもちろん非現実的です。40人という学級の生徒数の基準を下げよという主張はずっとあるようですが、実現のメドはまったく立っていません。それまでの45人から'80年代にようやく40人に減ったクラス定数ですが(高校では'90年代)それでも40人という基準はやはり多いようです。
参考:日本と諸外国の学級編成人数の比較
ちなみに、35人学級を実現するためには年間で3300億円の予算が必要、との試算がこちらに。
参考:西日本新聞wordbox「少人数教育」
少人数教育で教育効果が上がることは非常にハッキリしているし、いじめにも確実に有効だと思いますが、これがどうしても出せない金額なのか。いじめ問題は政府の教育施策の失敗だ、という真性引き篭もりさんの所の意見には大変納得します。ただ、どうしてもその部分を予算化できないのだとすれば、次善の策としては教員の給料を削る前に「教育利用券(バウチャー)制度の導入」を可能な限り早期にすすめるべきだと思われます。

たとえば、元小学校で教師をしていた近所のおばさんが、子ども二、三人を集めて小さな『学校』を作っても、それが『学校』として認められれば親は自分が持っている利用券(バウチャー)を利用して、義務教育と同じくそこで無償で教育が受けられるという感じの制度。これはホントに教育界における画期的な構造改革になる…はずなんだけど、反対論が多くて導入されていません。しかしこれが、上で述べたような「学校以外の選択肢」を合理的に創出するための仕組みであり、また真性引き篭もりさんが最も懸念している「いじめから不登校になった生徒の学力保証」という観点からみても非常に意義のある制度だということは明かです。受け皿として、フリースクールなど受け入れ先が既にあちこちにシステムとしてあるのですから、資金の問題をクリアさえすればいじめにあっている生徒にはハッキリとした「逃げ場」が生まれることになります。これは非常に大きいのではないでしょうか。私は、少なくとも『いじめ問題への対策』という観点からも、このバウチャー制度にどれくらい有効性があるかを早急に検討・研究すべきだと思います。

(追記)
「いじめ」親の立場、教師の立場(『暇刊女教師 がんばれワーキング・ママ』blog)
にて、「親として」かつ「教師として」という立場から、やはり「逃げ場をつくれ」「発生させないことが大事」といういじめ論を読んだ。面白い。
こういう人は、たとえば上で書いた教育バウチャー制度なんかをどう思っているのだろうか、聞いてみたい。日教組的には反対なんだろうけど、一教育者として、そして親として。そんなことを考えたのでちょっとTBしてみます。

*1:大抵の場合「いじめ」というものが表面化してくる頃にはもう取り返しがつかなくなっています。いじめに対する「学校ができる」有効な対処とは、徹底的な早期対処のみ。すなわち「いじめが発生しそうな要素」それ自体をあらかじめ無くすことです。たとえば不登校児を集めたフリースクールなどには「いじめ被害者タイプ」の子と「落ちこぼれ学習障害タイプ」そして「問題行動不良タイプ」の子がやってきますが、最初の数日の行動観察でそれらを完全にグループ分けし、クラスを分けて管理するそうです。間違って同じクラスに入れたらシャレにならないこと、そして目的のハッキリした民間施設だからそういうことができるのでしょうが、その精神は公立で学校教育に携わる人間にも参考になるでしょう。つまりいじめというのは発生してしまったらもう遅いのであって、いじめが発生しそうな人間関係をあらかじめ予測しその『芽』自体を徹底的に潰さなくてはならないのです。もしそれへと繋がっていきそうな人間関係が生まれたら、なんとかして被害生徒をその人間関係の外に連れ出す他無い。それ以外にイジメ被害を防ぐ方法など無いのです。「逃げ場」論を私が正しいと思うのはそれが理由です。