才能は沈まない(押切蓮介「HaHa」(1)を読む)

HaHa (モーニング KC)

HaHa (モーニング KC)

押切蓮介。改めて思う。何と言う才能か!



よく言われる言葉がある。「画力はマンガ家に必須の能力ではない」「問題は面白いマンガが描けるか否かだ」といった言葉だ。だが残念ながら、道具や手法の今日的な進化を見るとき、なかなかその言葉に説得力を感じることは少ない…だって、今やその辺の素人さんでも充分に絵は上手いんですもん。プロで一見「下手」を売りにしてる人も、相当絵が上手い。いや、そんなことないよと思う人もいるかもしれないけど、そんなことなくはない。「そういう絵を描く人」本人に聞いても、おそらく自分の絵が下手だとは思ってないよ、多分。それは、基礎としての画力がすごくあるという意味でもそうだし、それを見苦しくなく仕上げる力があるという場合もある。両方の意味で。で、その両方が「相当できる」という人は確かに少ないかもしれないけれど、どちらかができればそれなりの作品は作れるし、見せられる。そういうマンガが面白いかというと別なんですが、少なくとも商品としてのマンガとして成立してる。その意味で、2chのまとめサイトを見ていたときに、「ハイスコアガール」を見たときには、クビをひねった。

さすがに「下手」の部類だろ、これは。しかしやたら表示されんなコレ。面白いの?そんなお薦め?…それで、ネットカフェで手に取り……あっさりハマった。



ハイスコアガールの面白さは、まあもちろん懐かしのゲームネタとか、クスグリとかいろいろあるんだけれど、一つあげろと言われればやはり『ここまで喋らないヒロインをここまで魅力的に描く』という不可思議な説得力だ。押切のストーリーの構成力、描写力、絵柄、テンポ、ドライブ感、そういうマンガとしてのトータルの魅力にやられないマンガ読みなんて、いるのか?そうして、もう一度冒頭の言葉の真実を悟ることになった。いや、マンガとして面白ければ、コレで全然アリなんだよね、やっぱり。マンガはやはり絵じゃなくて、マンガなんだ。*1



だから、ハイスコアガールがあんな形で打ち切りになったときは本当にショックだった(http://hbol.jp/4953)。そんな彼が、こんな素晴らしい形で復帰してくるなんて!



この人が、「HaHa」で切り開いた境地というのはいくつかあるのだけれど、とにかく、普遍的に共感を得る「普通の人間、普通の人生」を描いたこと、それでいて彼のマンガのもつテイスト(気怠さ・怨念・バイオレンスを笑いに昇華し、その合間にふとした瞬間の情感を鮮やかに描き…etc)を一切失わず、むしろ純化され高めてきたことは、もう掛け値無しに本当に凄いと思う。しかも、長い下積みを経てようやくマンガ家として高く評価された作品を生み、アニメ化の話が出た!瞬間に、起訴、書類送検……というショックな出来事、普通なら心折れてもおかしくないその状況から、もちろん充分に心折れつつも、そのこと自体をネタにして自分と自分のルーツを見つめ、上質のマンガを生み出すというこの流れ。本当に大した作家魂だ。こういう人って、本当に、マンガ描いてないと死んでしまうんじゃないかと思う。描くことと生きることが良かれ悪しかれ一つになっている、そう感じる。



そんな彼のマンガを、リアルタイムに読めることの幸福を、今は本当に喜びたい。これからも、ガンガン描いていって欲しい。そう言われなくても、彼はきっと描いてしまうんだろうけど。

*1:ここまで書いてなんだけど、別に彼の絵や画力を貶したいわけではないのです。なんというか、相対的な問題で、「あの絵が描けるか」と言われたら別に描けなくはないと思う。それに比べると、「じゃあ、あのマンガ描けるのか」と言われたら、200パーセント無理だわ三回生まれ変わっても描けるイメージがしないわと即答する、という、そういう意味です。彼の画力に比べて彼の「マンガ力」は、あまりにも圧倒的すぎる。いわゆる「その心余りて言葉足らず」という奴です。