「親学」への反撥は”アレルギー”

安倍首相の下で行われている教育再生会議は、強硬路線ではしまいに首相の足を引っ張りかねないと気づき始めたらしい。しかし……
教育再生会議「親学」提言見送り 「押し付け」反発で (Yahoo!/毎日)

政府の教育再生会議は11日午前、首相官邸で合同分科会を開き、親に向けた子育て指針として同日にも発表予定だった「『親学(おやがく)』に関する緊急提言」について当面、発表を先送りすることを決めた。「親学」との表現を使わないことも確認した。今月末以降の第2次報告に反映させる方向で調整する。政府や与党内にある「国民への教育観の押し付け」「政策的な裏付けがない」などの反発や批判に配慮した。

ふむふむ。

提言発表は山谷えり子首相補佐官らの主導で計画されたが、母乳による子育ての奨励など個人の価値観にかかわる内容を含んでいたことから政府・与党内に国民の反発への懸念が広がっていた。

なるほどね。そりゃ反発も起きるだろうね。一議員が単にいささか過激な自説を述べるのと「政府として述べる」のとでは、全然意味合いが違うものな。安倍さんや周辺が個人的にどんな価値観をもっていようが構わないが、政府として述べればそれは「日本人はこうするのが正しいのです」というメッセージを政府として喧伝することになる。もし彼らがどうしても政府としてこういうことをしたいなら、「思想目標」としてでなく、たとえば予算配分なんかでそういう研究に対して手厚く補助をしていくとか、そういった、せめて第三者を納得させるだけの客観性をもったやり方を取るべきでしょう。個人的関連のある5人10人を動かすなら「〜をやれ」で構わないけど、個人的なつながりのない100人1000人の人間は「やれ」と言っても動かないですよ。それを動かすなら、別なやり方が必要。そういう経験があれば普通に分かることだと思うんだけど。どうも、この政権には、きちんとした政治家に不可欠な、そういう「他者との対話」「他者理解」という発想や能力に欠けているフシがある。それはたとえばこの件に関する次のような安倍首相のコメントにもよく表れている。

ただ、同会議に出席した安倍晋三首相は「議論が物議を醸しているのは事実だが、もっと物議を醸していいのではないか」と発言。「いろんな偏見があったり、アレルギーがあったりするんだろう。アレルギーを持つのは間違っていると認識していけば、冷静な議論が出てくるのではないか」とも述べた。

議論を望むと言いながら*1、現在の反応を「アレルギー」「偏見」と切って捨てている態度には「議論する必要は無い」というホンネが透けて見える。「親学」の内容が正しかろうが間違っていようが、そもそも政府として一つの観点を押し付けようとしたことへの反発が問題だという認識はどうやらゼロだ。


「良かれと思って出した理想論」が「押し付け」的運営だと批判されて反発し、運営が共同体の運営から下りる……というのは、小学校の学級会とか、せいぜい世間を見てない大学のサークル活動ぐらいなら、まあ分かる。そういう彼らがしていることは「悪意による錯誤に基づく詐欺」とかではない。そうでなくて、彼らには本当に単に、自分の味方ではない人々を含めて自分の主張を理解させ相手を説得し運営するという、言葉の正しい意味での「政治的能力」が根本的に欠如しているのだと思う。


戦後60年、金儲けばかりしていた日本は、ついにまともな「政治家」の一人すら育ててこなかったのか。それにしても二世のボンボン達、もうちょっとなんとかならんもんか? ホントに。

(追記)
ブログ軍師に止められた!
jo_30さんが『教育再生会議』についてブログを書こうとしたらMyブログ軍師にこう言われました

諸葛亮曰く
「『教育再生会議』だけはお止め下さい!
アドセンス狩りに遭いますぞ!」


……
なるほど関心の高いテーマなようだ。でもアドセンスとかやってないからいいや。

*1:ちなみに「物議を醸す」には普通あんまり良い意味はない。一応、分かった上で一種のレトリックとして使っているのだとは思うが。