規制論がK点を越えると何が起こるかということ(追記アリ)

二次元作品(創作)も児童ポルノとして認定すべきだと考える人達がそろそろと登場してきたようです。

アニメ・漫画・ゲームも「準児童ポルノ」として違法化訴えるキャンペーン MSとヤフーが賛同 - ITmedia News
緊急要望書では、現行法で違法化されている写真・動画以外にも、漫画やアニメなど「子どもの性を商品として取引するもの」を「子どもポルノ」と定義。インターネットや携帯電話の普及で子どもポルノを取り巻く環境が激変しており、「IT大国・コンテンツ大国である日本国内の現状が放置されているため、日本だけではなく世界の子供達も性的虐待の被害にさらされている」と指摘する。
 その上で現行法で処罰対象となるか否かを問わず「子どもに対する性的虐待を性目的で描写した写真、動画、漫画、アニメーションなどを製造、譲渡、貸与、広告宣伝する行為に反対する」とした。
 具体的には(1)現行法が禁じていない単純所持も違法化・処罰の対象に、(2)被写体が実在するか否かを問わず、児童の性的な姿態や虐待などを写実的に描写したものを「準児童ポルノ」として違法化──するよう、現行法の改正を含めて政府・国会に要望する。

そう言えば10年ほど昔流行ったドラマにX−FILEってありましたよね。
その第何話かで、重要な情報提供(予定)者が当局の陰謀によって逮捕連行され、情報が揉み消されてしまうというくだりがあったんですが、その際彼が連行された理由が「児童ポルノの所持(単純所持)の疑い」で、まあ要するに「でっち上げに便利な罪だね」的な扱いだったのをみて色々と考えさせられたわけですが、とりあえず単純所持が禁じられるほどアメリカにおける児童の性的虐待(特にインターネットを介したもの)は相当に切羽詰まった状況なのだろうなと漠然と余所事のように眺めていたことを覚えております。


時は移り平成20年、いよいよ我が国でも上記のような意見が声高に述べられるようになりました。単純所持規制という意見・主張そのものは昔からあったことですし今更どうこう述べることでもありません。創作については「写実的」という文言が入っている以上、どう見ても写実的ではないアニメやゲームのファンが大騒ぎするのも(今回に関しては)少しおかしいし*1その意味では、このキャンペーンそのものの主張について大騒ぎするのはどうかな、と思ったりしています。


実際、日本ユニセフ協会ECPAT*2などの活動については何の異論もありません。個人的には以前主張したように「あらゆる種類の子どもを性的に搾取することを肯定する風潮……たとえば特に10代アイドルとか」は撲滅されるべきだと思っていますし(http://d.hatena.ne.jp/jo_30/20060506/1146851629)、その手の芸能プロダクション、写真集を取り扱う出版社とともにいわゆるステージママ(パパ)な方々は悉く児童福祉法違反で訴えられれば良いと思います。もっと言えば、学童保育の厳しい現状を知りながらこれを放置する政府は児童を虐待していると思いますし、日本ユニセフ協会が述べるとおり『子どもポルノの被害は、そのほとんどが家族や親戚などの身近な関係にある人からの性的搾取によって起こ』っている現実を踏まえれば、児童相談所の権限拡大などがまず真っ先に議論され進められなくてはいけない政策であろうと考えたりもします。*3


が。


私は、リンク先でインタビューを受けている人々の考え方に微妙な違和感を覚えずにはおれません。
「漫画やアニメは現状のままでいいのか。秋葉原の実態を見ながら…」公明党丸谷佳織衆院議員
「架空のものが大きな論点になるだろう。ゲームの中で児童はひどい虐待を受けており、しかも児童は『虐待を受けて良かった』という作りになっている」民主党神本美恵子参院議員
なんだかものすごく特定の偏ったイメージ*4をものすごく偏った考え方*5で弾圧してオッケー、と思っちゃいないですか。しかもそれが喫緊必要であり良いことなのだと錯覚しちゃいないですか。
繰り返しますが、商業的な児童の性搾取について、(1)それを犯罪として取り締まり(2)人々の関心を喚起し(3)子どもを育成し保護する、という方針には賛成です。しかし、それらの目的を達成するために本当に、今、これが、必要で有効な政策であり法なのですか。


たとえば平成19年度の統計によると、現在児童虐待は過去10年間で最悪レベルに到達しつつあるそうですが(参考:「児童虐待と児童ポルノ被害児童、統計開始後で最悪」トラフィッキングアラート)、これらの痛ましい事件に対する喫緊で有効な政策は本当に「ヲタ・バッシング」なんでしょうか。「エロゲーやエロ同人誌を売り買いしてるヲタ」が起こした犯罪は、上記統計のうちの何%なのですか。先にあげたように、原因にきちんと向き合いあるいは実際の被害と向き合って活動してる日本ユニセフ協会やECPATはともかく、ここに名前が挙がりインタビューに応答し法案の成立を目指すと述べたこの数名の政治家さんたちは、これに誠実に答える義務があるのではないですか。あなた方はそれらの犯罪が何を原因としてどのように起こっているのか本当に分析して述べているのですか。私には、残念ながらこれらの「いかにもお手軽な」政治家の主張が、ECPATの真面目な活動や

子どもと性被害 (集英社新書)

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多発する少女買春―子どもを買う男たち

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こういった動きに比べて、随分不真面目で失礼なものに見えて仕方ないのです。つまりヲタ叩いて人気取り、うめぇ、という風にしか見えない。


更に、その叩き方に正当性があるならまだしも、彼女らの述べていることは控えめに言っても「思想信条の弾圧」です。他人の頭の中の空想の種類を吟味し、それを裁こうという発想。丸谷さん、あるいは神本さんの話を敷衍すれば、その先にはごくごく簡単に「痴漢ものAVは現状のままでいいのか」「架空のものであってもレイプされて感じているような描写のあるマンガなどは規制されて当然である」という話になり得ますね。*6それは明らかにおかしいし行き過ぎではないのか。彼女らの主張は、この点においても、明らかにこの問題に関するK点(限界点)を越えたものとみなすべきではないでしょうか。

政府は、小児性愛者がヴァーチャルな児童ポルノを児童を誘うのに利用するかもしれない、と主張する。しかし、それ自体が合法的な存在でありながら違法なことに利用されるものは無数にある。
児童を保護するために「成人の権利の内にある表現(speech within the rights of adults to hear)」すべてを完全に禁止することはできない。
政府は、ヴァーチャルな児童ポルノ小児性愛者を刺激し違法な行為に走らせる、と主張する。
しかし、表現を、それが持つ単なる傾向だけで禁止することは出来ないし、それによっていつか違法行為が行われるであろう可能性が高まる、というだけで禁止することもできない。(引用:ヴァーチャル児童ポルノ規制は合憲か〜「アシュクロフト対表現の自由連盟事件」米最高裁判決〜

写実的ではないもの、すなわち「確実に架空であるもの」への規制が今後においてどういう意味を持つか、また日本において現実にそれが、今、どうしても、必要なのか、ということについては、もう少し慎重であるべきではないでしょうか。「環境のため」とか「子どもたちのため」とかいった口当たりの良いお題目を唱えられても、私たちは、政治の名の下に他者が私たちの頭の中に安易に触れてくるような考えに対しては十分警戒をすべきだと私は思います。引用したお二人の政治家の方の発言にはその点への配慮が非常に足りないように見受けられました。



とりあえず、上記の私の(これもまた)失礼な想像が当たっていないことを祈ります。彼女らが、本当は上記記事からは読み取れない部分で、真摯に「子どものために」活動しており、そのために子どもを取り巻く「貧困」「無知」「差別」「暴力」を無くすためにもっとも必要かつ効果的な現実的な活動をされることを心から期待します。


(追記)
単純所持について「単純所持それ自体が悪である根拠は?」という意見があった。
「児童ポルノ法改正問題を考える 続続続編」
単純所持の禁止については、特に「ネットにつながったPCに『単純所持』することが、同時に送信になりうる可能性(そして、そうなった場合の被害の大きさ*7)」を考えれば規制の方向へ進むのはやむを得まいという個人的な思いもあるにはあるが、これはこれで納得のいく意見ではある。

(追記への追記)3/15 Rionさんからいただいたコメントへ
まず「単純所持それ自体は悪か?」という問題について、Rionさんが仰る通り『それが何らかの法益を犯しているとする根拠はなく従ってそれを処罰の対象とするのは不当である』という主張に賛成したい、ということを述べておきます(だからこそ引用させていただいたわけです)。私が上で述べたかったことは、結局のところ「不当であることがあきらかであってもその方向へ進むのはやむを得まい」ということです。たとえば911テロのあとアメリカにおけるプライバシーの侵害などはひどい事態になっていましたが、ああいった事件のあとでそういう「明らかに不当な方向へとその国が進んでいくことはさけられまい」というようなニュアンス。ネットが一般化してきた現在だからこそ、逆に一般の漠然とした「ネットは怖い」という恐怖感は、このような誤った方向へと人々をドライブしてしまうだろうな、という諦観のようなものを表現したかったわけです。議論の正当性という意味では、Rionさんの意見に私は充分納得しましたので、今あらためてみるとそのあたりの書き方がまずかったのではないかと反省しています*8。そんなわけで、ここに、お見苦しいことを承知で「追記への追記」という形で追記させていただきますm(__)m。
Winnyの件については、別にWinnyを介しない情報流出系のウィルスでも構いませんし、そもそも「故意にウィルスに感染したことが証明できるかどうか」も問題なわけで、現在の法でそれを明確に処罰できるかどうか……その場合、テロへの反応と同じく、そのような事態が放置され続ければ、結果として社会の治安が大幅に低下するという人々の不安がヒステリックな反応を引き起こし、やはり結局「単純所持」が規制される方向へと進むだろうなあ、と思います。正しくはなくても、「十分にやむを得ないと人々が感じる理由」があれば歴史は動く、という意味で。
今日のホッテントリから飛んだ先で読んだ記事です。
悲惨な世界〜天誅御見舞い申し上げます 禁酒法の成立とその悪影響

(追記2)
考察を集めたリンク集
「準」児童ポルノ問題メモ(風のはて)
GIGAZINEさんの激しい考察ページ
児童ポルノの単純所持禁止にアニメ・マンガ・ゲームは含めるべきか否か?
good2ndさんページ
日本ユニセフ協会の「なくそう!子どもポルノ」キャンペーンの問題点

*1:ところで宮崎アニメはこの場合「写実的」なのかどうなのか、リンク先の「規制」派の方々に質問してみたい。いわゆる「萌えアニメ」の類よりは「写実的」だと思いますが、あのレベルなら「写実」と言わない、というなら、明らかにこのキャンペーンがアニメ文化を阻害しないものであると説明できると思います。私は今回の「写実的なアニメーションや漫画」への規制というのは、CG技術の発達などにより現実の児童ポルノが加工処理技術などによって「現実ではない」と言いはられるような状況を規制するもの、というイメージなのですが。

*2:もともと『アジア観光における子ども買春根絶国際キャンペーン(End Child Prostitution in Asian Tourism)』からスタートした団体なのでこう呼ばれるが、現在は広く『あらゆる形態の子どもの商業的性搾取を根絶するためのNGO(End Child Prostitution , Child Pornography And Trafficking in Children for Sexual Purposes)として活動中。特に具体的なアクションを行うことを主眼にしているところに特徴がある。

*3:そう言えば子どもに2chを見せているのは大げさに言えば虐待同然、という話を書いたこともありました。

*4:ハッキリ言えば「秋葉原」という固有名詞が指し示すような「オタク」カルチャーへの偏見

*5:「そういったもの自体がキモい、生理的に許せない」といった発想

*6:実際、アメリカではそんな感じで規制が入るから、アメリカのポルノでは女優は苦しそうな顔ができないのだという話を聞いたことがあります。俗説かもしれないけど、「性行為において苦しそうにしている女性の姿は『政治的中立性を欠いている』」という考え方はアメリカ的で面白い。

*7:たとえばWinnyを使用して、大量に『単純所持』した画像を送信する目的で、「わざと」情報を流出させるタイプのウィルスに感染するなどの手法も考えられなくはない。

*8:特に「納得のいく意見で『は』ある」の『は』は、余計でした。すみません。なぜこう書いたかというと、「こういうまともな意見が通らない時代になっていくのだろうなあ…」という感慨を込めたかったからです。が、どちらかといえばそういう個人的感慨よりも、「これはこれで」という随分他人事のような突き放し方のほうが光って見えるわけで、そうするとこの『は』は随分皮肉っぽく見えるなあ、と。反省の意味でも訂正はせずにおきます…すみません。