再度主張する〜公表は誤りだった

前回の、自殺予告手紙にかんするエントリについて一つだけ修正すべき点に気付きました。
前回私は文科省職員の無責任について厳しく批判しましたが、冷静に考えれば普通のやりかたでない「全文公表」などという手段を、しかも速やかに行ったところを見ると、一連の公表はどうも伊吹文明文部科学大臣その人の責任と権限の下に行われたと考えるのが自然だと思います。
さて、本日がその予告当日なわけですが、現時点(朝10時)ではこんな感じのニュースが出ています。
匿名の自殺予告など相次ぐ=いじめと無関係の手紙も−文部科学省

いじめ自殺を予告する手紙が文部科学省に相次いで届いた問題で、同省は10日、触発されたとみられる手紙がさらに5通届いたと発表した。うち1通は、いじめが原因とは考えにくい悩みを打ち明ける手紙だったという。
 これに関連し、伊吹文明文部科学相は同日の衆院教育基本法特別委員会で「本当に困っている人は相談してほしいが、混乱させるような手紙は慎んでほしい」と述べた。 
時事通信

これはちょっと無責任だと思います。この事態を考えていなかったなどと言わないで欲しいのですが、すでにそう言わんばかりの対応です。まだたった5通ですよ? 「公表」という方針を示せば、これからもことある毎にこのような手紙が送られてくると思いますが、それらについて公開するしないはどう判断するのか。先のを公開して今度のを公開しない理由はなんですか。そのうち「公開しないと死ぬ」とか書かれた手紙も来るでしょう。ああいう匿名の手紙を公開すればこうなる危険があると分かっていて、それを冒してでも公表することにより益があると判断したからこそ公表したんではないんですか。