「役に立つ」とか「役立たない」とか、無意味な話

 ふと思い出したこと。

 大学生のとき、新興宗教の勧誘に3回だけ遭遇しました。そのうち1回は、人が風邪をひいて寝込んでいるときに下宿のドアを叩いてえんえんと話し続けるという、もはや嫌がらせかと思うような手口であったので丁重にお引き取り願ったんですが、ほかの2回ではそれなりに(30分くらい)相手をしました。一回は、勧誘係だけでなくてその一個上の人らしき人と議論したりまでする暇人ぷりだったのですが、どうもそういうことをしていると「面白く」なってしまうのが自分の悪癖のようです。*1何が面白いかというと、やはり「新興宗教にはまっている」というそのこと自体が面白いので。動機とかきっかけとか理由とか、そもそも「本当に真面目に心の底から信じてるのか」とか。聞いてみたかったのです。
 で、その際、どうしてもその方々から説得力のある回答をいただけなかった問いがありまして、未だにそのことについては満足していないのですが、同時にその問いは、昨今の成果主義とか「コスト/メリット」議論、あるいは「評価」の正当性に感じる個人的なモヤモヤ*2とちょっと構造的に関係あるかなあ、とふと思ったので、メモ代わりに書きます。



 勧誘のヒトは、自分が信じる宗教や教義や、はたまたそのサークルの素晴らしさについては非常に熱を込めて語り、それに入るまでの自分がいかに「迷い」の中にいたか、そこに入って自分はいかに救われたかを語ってくれました。そこで、「そんな神様がいるのか」とか「信じられない」とか言っても、多分相手はいると思ってるし信じてる/信じたいわけですから、議論にならないだろうな、と。でも、なんかモヤモヤした私は、そういう人に聞いてみたのです。

「なるほど、あなたの『○○教』やら、その『神様』やらは、正しいのかもしれない。しかし、あなたは先ほど、それまで自分を信じることができなかったとおっしゃった。ならば現在、その『○○教』を信じている自分をどうやって信じているのですか?

あるいは、もっと挑発的に、少佐*3のように聞くべきだったのかもしれません。


君らの神の正気は

一体どこの誰が

保証してくれるのだね?

 成果主義、コスト・メリットに基づく思考は、合理性や客観性の衣を着て私たちの前に現れます。そして、そうした観点に立たない思考や判断は、非合理的で感情的で前時代的であるかのようにみなされ、検討の余地無く捨てられていくのが昨今の風潮です。
 もちろん、「単なる感傷で放置される多大なコスト」や「リスク評価もなしに勘やら思いつきやらで始められる事業」を排除するためにそういった風潮に意味があったことは認めます。ですが、それらの功績で、成果主義やコスト・メリット議論に潜む「隠れた主観性」を覆い隠せるわけではありません。
 「隠れた主観性」…それは、成果主義の前提であるところの、成果に対する「正当な評価」の存在です。成果を評価することなしに、成果主義は成り立たない。しかし、そもそも主観を排除した「正当な評価」などこの世には存在しえないのです。あらゆることに対して「正当な評価を下す」ことがどれほど困難なことか、少し考えてみれば分かることですのにね。



 「何を言ってるんだ。成果は数字に現れるじゃないか」…という反論があるでしょうが、これこそまさに「客観」の皮をかぶる成果主義の悪い側面をよく表しています。
 数字?数字?はいはい。
 では、どの数字で判断するんでしょう。



 何についてのどのような指標を数値化し、どのような尺度を用いますか。結果とヒモついたパラメータは多々ありますが、どれをとってどれを排除しますか。そして、それは誰が決めるのでしょう。それは恣意や主観ではないのですか。時間軸はどれくらいに取るのが「正しい」ですか。時間軸を長く取れば取るほど数字に影響するパラメータは無限に増加し、正当な評価は加速度的に困難になることが予想されますが、かといってあまりにも短い時間軸を設定すれば適切でないことは誰でもわかる理屈です。*4結局「どの時間内で評価するか」もまた、評価者の恣意・主観によらなくては成立しませんね。


 そういう「隠れた主観性」のことを忘れ、「成果主義に基づけば『公平で客観的で正しい』判断が下せる」などと思っていると、私たちはその「隠れた主観性」の罠に陥ることになります。単に間違うだけならまだしも、間違っていることに自分でも気づけないという悪夢。それは、反省ができないという意味で、自分で思い込みや勘により判断して間違うよりも悪質だと言えます。成果主義の根本的な問題は、評価が難しいことでなく評価という行為がどこまでいっても主観的たらざるを得ないことであり、にも関わらずそのことが隠蔽されやすいという点にあります。


 では、そのことを自覚し、不断に評価基準を見直す事ができれば、成果主義は有効なものになり得るでしょうか。
 しかしそこにも問題があります。不断に見直される基準の下では、基準は行動の指標たり得ず、しかも評価の客観性は常に信頼しにくいものになるからです。基準は一定であってこそ、行動の指標ともなり、信頼を得ることができるもの。かといって、見直されない・絶対化された基準は、その根底にある主観性を見失わせ、たとえば経営方針が変化したときなどに必要な、組織としての対応の柔軟性を失わせることになるでしょう。
「それを信じている自分自身をこそ疑うこと」
 それを忘れたとき、人は闇夜の迷路に似た迷妄の中に陥ることになるのでしょう。


 …、と、ここまでが本題で、ここからは余談…というかタイトルに関連した話ですが、「○○って役に立つの?」とか「そんなことやっても役に立たない」とかいう言説にも同じ問題はつきまとっていますね。ものごとが「役に立つか立たないか」なんて、本当は、それこそ神ならぬ人の身では知りようのないことです。つまり、「役に立つ/立たない」という基準など、「好き/嫌い」と大差のない主観的な基準に過ぎない。だから、「ソレハ役ニ立ツノデスカ」という質問に対する答というのは、つまるところ
 「それが役に立つか立たないか、どうして(学びもしてない)お前に分かるのかね?」
に尽きるのだと思います。

「曰敢問死、曰未知生、焉知死。」
子路)曰く、敢えて死を問う。(孔子)曰く、未だ生を知らず。焉んぞ死を知らん。

弟子の子路孔子に質問をした。「敢えてお伺いします。死とは何ですか」。孔子は答えた「生とは何か知っているか?私にはまだ分からん(生きることも終えていないのだから)。まして、ならばどうして死のことなど分かろう?」

死とは何か、考えても意味はない、と昔の人は言いました。生きる意味、とか、その手の言葉も同じように、考える意味のないことと思います。
 ただ、生きている。


 それにしても、いきなりああいうこと言われて勧誘の人もそりゃ気の毒だったとは思いますが、きちんと答えられなかった点でまだまだ不純で未熟な自分を反省した方がよいと思います。結局のところ、宗教にあっては「ただ信じるということ」があるだけのはず。そこに理由やら何やら問われて後付けしようとすること自体が、要するに信じていないということでしょう。まあ、多くの新興宗教がそうであるように、結局のところ、自分が信じていないからこそ、他人が信じてくれないことに不安をもつのでしょうけれども。
 「黙って、ただ、信じる」
それが、信仰に生きる人間の節操というものだと思います。

*1:ついでながら、今の仕事場も、割と「オキャクサマからの苦情電話」が係ってくる部署ですが、やはりえんえんと相手をしていることが多いと言われます。暇とかいうのではなく、ちょっと興味が湧いてしまうからかなあ。

*2:うまく言えないけど、なんかズレてる感

*3:HELLSING 10 (ヤングキングコミックス)平野耕太著「ヘルシング」登場

*4:たとえば3日間という枠で語るなら押し売りはもっとも適切な販売手段ということになりますが、その手法が一月で(その町における)商売を不可能にさせ、半年で行く当てを失わせ、一年を通してみれば、特に努力もしていない小さな一商店の売り上げにも劣ることは充分想定できる結果です。

君子は言に訥にして行いに敏ならんと欲す。(「君子欲訥於言、而敏於行。」論語里仁第四-24)

最近、自分によく似た雰囲気の人の講演を、聞く側として体験して思ったこと。きちんと声を出したり、話の内容を整理し計画しストーリー化すれば相手に届く、というものでも必ずしも無いということ。一所懸命計画し、声にも抑揚をつけてはおられるのだが、逆にそれが邪魔っ気で話に集中できない、正直上滑りにしか聞こえねえなあ、と感じた。逆に、同じ日の講演で、訥々と喋る老人の話に、なぜか強く引きつけられたり。



前者の話が聞きづらかったのは、一人で全ての話を組み立てようとしすぎている(自分も話すとき、準備しすぎたりして逆にそうなることがある)ため、流れの先をいちいち「準備した」感が強くなり、結果として、聞き手を刺激・反応させているようでいて、実は考えることをさせていないためではないかと思った。聴衆に問いかけたりもしているのに、聞いている側としてはひどく「置き去り」感が強いのだ。話し手が「こちら」を見ず、「話」ばかり見ているみたいだった。



後者の話は、ゆっくり、丹念に、いろいろなことを積み重ねながら話していた。しゃべり方も決してうまくはないけれど、積み重ねてきた「何か」を感じ、そこからいろいろなことを考えさせられていく。自分の体験でも、決してうまくはなくても、「何かを教えてやろう、伝えよう」としすぎたときより、自分の興味のままに、自然に一つ一つ話を積み重ねていたときの方が、相手に伝わったことが多いような気がする。(相手にもよるだろう。これは、基本的に大人相手に話をする場合のこととして、だ。)



今月はまた、話をする機会が多く、既に4回。うち二回は一応うまくいったが、二回は失敗だったような気がする。振り返って思うに、聞き手をよく見ず、「過去にうまくいったやり方をなぞるよう」にしたときは、やはりダメだ。いろいろな人に会えるのは面白いが、自分だけが面白がってもダメだ。



タイトルの孔子の言葉をふと思い出した。以前はこれを、『ぺらぺらうわっすべりな喋りより、やることやれ(行>言)』という意味に理解していたように思う。けれども、本当は『「行い」がモノを言うようにならねばならん(雄弁はむしろ「行い」がモノを言う際に邪魔になる)』という意味合いがこもるのかも、と思った。敏なる行いで全てが語られるなら、そのとき、確かに訥弁・沈黙が金の輝きを放つに違いない。なるほどそれは理想だ。



話すことは難しい。まだまだ学ぶことは多い。
今週の話に生かせればと思い、覚え書き。

保安院のオシゴト

ヤフーを通じて広がりホッテントリでも話題沸騰の保安院の話だけれど、

 東電福島第一原発から約6キロ離れた福島県浪江町で3月12日朝、核燃料が1000度以上の高温になったことを示す放射性物質が検出されていたことが分かった。

 経済産業省原子力安全・保安院が3日、発表した。検出された物質は「テルル132」で、大気中のちりに含まれていた。原発から約38キロ離れた同県川俣町では3月15日、雑草から1キロ・グラム当たり123万ベクレルと高濃度の放射性ヨウ素131も検出されていた。

 事故発生から2か月以上たっての公表で、保安院の西山英彦審議官は「隠す意図はなかったが、国民に示すという発想がなかった。反省したい」と釈明した。
(読売記事へのリンク)
(同魚拓)

の太字部分の発言が記事の要で、そりゃ即座に反応しそうなフレーズではあるのだけど、調べているうちにちょっと微妙な気分に。



なぜなら、保安院は行政の一部分であって、事業者ではないのだから、原子力災害対策特別措置法の、いわゆる「通報義務」が課せられる対象ではないし、今回の調査内容は、事業者とは別個に「国の機関」として行った調査なのだろうから、そもそも「国に対して通報する」ことではない(「国」は通報を受ける側なのだから)。



でも、公的な機関として「国民」にそれを知らせる義務はもちろんあるだろう…それはそうだ。だが、その時期や方法について厳格な規定があるわけではない。ならば、少なくも「国民の代表(という立場で行政のトップに立つ人)」に情報が即時に届いてさえいたならば、我々はそれでよしとすべきではないのか。
でもって、その場合、その情報を公開するかしないかの判断・責任はその「国民の代表」の方にあるわけであって、安全・保安院にはない。安全・保安院がむしろ勝手に「国民のみなさんにお知らせする必要があると判断しましたのでー」と、内閣や官邸に連絡せず記者会見をやったとしたら、場合によっては混乱を引き起こしてマズいこともあるだろうし、保安院もそのことの責任は取り切れまい。少なくとも、上に言う「隠したわけではない」「国民に示すという発想がなかった」とは、そういうことを指しているのではないのか。そして、それって結構当たり前のコトだろうと思うのだが。
とりあえず、読売の記者は、これを書く前に「隠していないということは、情報はきちんと官邸にあがっていたということか?」と質問したり調べたりしたのか?もし、官邸に報告をあげていなかっとしたら、まずそれを書くべきだし、そのことの意図・責任の所在や、対応の妥当性を批判・批判すべきだろうと思うのだが、いかがだろうか。「国民に示すという発想がない」ということが、イコール、このことについて、保安院がマスコミを集めて会見を開くという手続きがなかったという程度のことについてのニュースなのだとしたら、それは割とどうでもいい部類のことに属すると思うのだが。



もし、そういう考察をすっ飛ばして「国民=メディア」のような意味合いで鼻息荒く上の記事が書かれたのだとしたら、この記事のタイトルはいささか…というか「かなり」悪意あるモノと言わなければならない。*1ブックマークの反応を見る限り、釣られている人はかなり多い。問題は保安院でなく官邸にあるのではないのか。

*1:もし、官邸の責任を覆い隠す意図で、そこを質問していないのだとしたら、悪意どころか完全に悪だ。

若狭湾の津波記録

若狭湾津波 関電が調査検討
5月26日 21時28分
全国で最も多くの原子力発電所が集中する福井県若狭湾で、およそ400年前、地震とともに波で家が流され、多数の死者が出たとみられる記述が、複数の文献に記されていることが分かりました。関西電力は、これまで津波による大きな被害の記録はないと説明してきましたが、誤解を招くものだったとしたうえで、東日本大震災で想定外の事態が起きたとして、当時、津波の被害があったのか、調査を検討するとしています。

福井県若狭湾は、関西電力日本原子力発電などが運転する全国でも最も多い14基の原発が集まる場所です。原発は、建設時に過去の地震津波について調査を行うことが義務づけられていて、関西電力は、調査の結果、若狭湾で、津波による大きな被害の記録はないと、これまで地元の住民や自治体に説明してきました。しかし、東日本大震災のあと、日本の中世の歴史を研究している敦賀短期大学の外岡慎一郎教授が調べたところ、京都の神社に伝わる「兼見卿記(かねみきょうき)」という文書に、天正13年(西暦1586年)に起きた「天正地震」で、若狭湾を含む沿岸で波が起こり、家が流され、多くの人が死亡したという記録があることが分かりました。また当時、日本に来ていたポルトガルの宣教師、ルイス・フロイスが書いた「日本史」の中でも、同じ天正地震の記述として、若狭湾とみられる場所で「山と思われるほど大きな波に覆われ、引き際に家屋も男女もさらっていってしまった」と記されていることが分かりました。これらの資料は、国史の編さんにも使われる歴史資料としては一級のもので、NHKの取材に対し、関西電力は、昭和56年には2つの文献の内容を把握していたが、信ぴょう性がないと社内で判断し、住民や自治体には、津波による大きな被害の記録はないと説明してきたとしています。しかし、これまでの説明が誤解を招くものだったとしています。そのうえで、東日本大震災で想定外の事態が起きたとして、文献の記述のような被害が大きな津波で起きたのかも含め調べるため、ボーリング調査など科学的な調査を検討するとしています。関西電力は「どのくらいの大きさの津波に備えるのかは、文献の調査だけでなく、活断層の動きから計算する科学的なシミュレーションも行っているので、これまでの津波の高さの想定に問題はなかったと考えている。ただ、東京電力福島第一原発の事故を踏まえ、見直していくべきところは見直していく」と話しています。
NHKニュース

活断層の動きから計算する科学的なシミュレーション」というのは、これのことか?

北陸で3メートル超の津波も 石橋・神戸大教授が推定
 福井県沖の断層群で大地震が起きた場合、若狭湾沿岸で津波が3メートルを超す恐れがあるとのコンピューターシミュレーション結果を、神戸大の石橋克彦教授らがまとめ、名古屋市で開催中の日本地震学会で1日までに発表した。  日本海側の津波被害を伴う地震新潟地震(1964年)をはじめ新潟以北に多く、それより西側では具体的に想定されてこなかったという。  石橋教授は「近く大津波が発生する可能性が高いわけではない」と強調する一方「一昨年のスマトラ沖地震を教訓に、確率は不明でも発生の可能性がある津波は、どの程度の規模になるか評価しておくべきだ」と指摘。地震の発生確率の調査も必要だとしている。  若狭湾沖約100キロにある問題の断層群は、断層3本からなり全体の長さは約80キロ。付近には西北西側と東南東側から圧縮する力がかかっており、2000年には断層群東端でマグニチュード(M)6・2の地震も発生した。石橋教授は「新潟以北より頻度は低いかもしれないが、まれに大地震を起こす可能性が否定できない」としている。  今回、長さ80キロの断層が4メートルずれるM7・6の地震を想定すると、島根半島隠岐諸島から能登半島までの広範囲で、津波は1メートル以上に。このうち若狭湾内の多くの地点で3メートル以上となった。  石橋教授は「正確な予測ではないが大まかな傾向は分かった」とし、さらに詳細なシミュレーションが必要だとしている。
2006/11/01 10:21 【共同通信
(引用は47ニュースから)

…じゃあ、昭和56年(1981年)の「文献把握」から、2006年の「シミュレーション」までの間、25年間は、想定について問題があったということでよろしいのか? それとも、この学者が適当に言ってるだけで、社内の想定はあったということなのか。



結局「信憑性がないと社内で判断した」が全てではないのかと素直に思う。信憑性について、公けに問うことはせず社内判断。そういう仕組みなのです、と。自分たちの無誤謬性を過信していました、と。



[追記]
もんじゅの耐震想定という記事があった。想定は直下型でM6.5とか。これを越えると「想定外」ということですね。
そして、万が一、内部をめぐる配管が壊れ、ナトリウムの循環機能が喪失したら、その場合は…
「想定できていない」
のだそうです(そりゃ「想定外」だものな)。



それでいいんだ…。



ふーん。



という感じです。

明日から平常運転

連休中にしたこと。
散歩。
食べ歩き。
休憩。
以上m(_ _)m


充実した休日でした。


そう言えば、相方から「初夏と言えば?」とお題をいただいてふと思い出したのですが、五月と言えばこの句、

日出前五月のポスト町に町に


初句が思い出せず、また誰の句かもどこで見たかも忘れたままずっともやもやしていたのですが、改めて調べると、波郷の句でした。



この句をみると、学生時代、五月の明け方に、自転車で某中小地方都市郊外の目にも鮮やかな住宅街を、なんとなくどこまでもどこまでも走った記憶がよみがえります。日はすっかり明けつつも無人の住宅街は、どことなく非現実的で、そしてなんだか知らない外国の町並みにいるような、不思議な感じを与えてくれました。



ポストが街角にある、というただそれだけの、当たり前の風景を使いながら、「五月のポスト」という本来ありえない言葉同士の組み合わせに、「日出前」という時間を指定することで、人気のない街路に立つポストが奇妙な存在感を放つ一瞬を句にしたこと…そして、その一種奇抜な想像が、風景の非現実感と相俟って読み手の若々しい感性を輝かせる…と言えば穿ちすぎ誉めすぎになるのでしょうか。
しかし、波郷と言えば「人間探求派」、という党派的分類で、どうも病後・晩年の重々しい句が代表とされやすいのですが、がむしゃらに俳句に打ち込んでいた若い時期の俳句の多くに、驚くほど瑞々しい才能のきらめきを見せてくれる句が多いことも見逃せませんね。



今年は、黄金週間が終われば五月もはや半ば。もうすぐ夏がやってきますね。


プラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ*1

*1:句はいずれも石田波郷「鶴の眼」(昭和14年)より

缶詰生活がようやく終わりました

最初に…



東北地方太平洋沖地震で亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、今なお救助を待つ方、不安な避難所生活を余儀なくされている方、大切な家族と未だ満足な連絡が取れずに不安な日々を続けておられる方、余震に脅える毎日を送っておられる方、異国の地で被災されて限られた情報に不安がぬぐえない毎日を送っておられる方、暴走しそうなシステムに立ち向かう方やその方の家族・親族の方、知り合いの安否を必死に確認しておられる方、その他さまざまな方々に、一日も早い安全と安寧の日々がやってきますようお祈りしております。



私の方は、年明けから続いた缶詰生活が一段落し、ようやく平常モードに戻りつつあります。体調の崩れはいかんともしがたく、しつこい口内炎に悩まされ歯茎もガタガタするわ腰も痛いわ…といいとこナシではありますが、地震のことを考えれば、どうこう言っているレベルではありません。まあ、それでも伸ばし伸ばしにしていた医者にはようやく行きましたが。



今回の地震について、特に「ことば」をめぐる問題として、書きたいことはいろいろあるのですが、書く余裕があるかないかはちょっと微妙なところ。どこかに書き留めておく必要はあると思っているし、そのために適切な場所はやはりここだと思うので、少し落ち着いたら書こうと思っています。
大災害は、私たちの日常を根底から覆す勢いで、この社会を揺さぶりました。社会の根底が揺さぶられたとき、常に、試練の最前線に立つのは「ことば」の問題であると思います。
 ・今回、誰が、どのような言葉で、地震を語ったのか。
 ・地震を語るために、どのような新しい言葉があったのか。
 ・私たちの言葉は、この地震をどのように取り込んでいくのか。
 ・私たちの言葉は、今、何ができて、何ができないのか。
…etc



日を改めて、また考察したいと思います。
それでは、また。

「愚乱浪花」死去

若い…

愚乱浪花さんが心筋梗塞のため10月6日に死去

みちのくプロレスは21日、同団体でデビューし、現在はフリーとして活躍中のプロレスラー・愚乱浪花こと木村吉公さんが、10月6日に心筋梗塞のため34歳で死去したと発表した。遺族の意向もあり、通夜、葬儀はすでに済まされ、18日の四十九日法要までは発表を控えていた。

みちのくで「師匠」スペル・デルフィンと絡んでいた時代、その後めきめき頭角を現して新日に参戦してた頃が懐かしい。決して洗練されたファイトスタイルではなかったけれど、捨てがたいキャラクターや潜在能力は、決して嫌いじゃなかった。
http://kuro.pinoko.jp/pro/w186.htm
何度か長期欠場していたようだけど、何があったんだろう。
「師匠」の沖縄プロレスでは、今日献花台が置かれたんですね。
…今はただ冥福を祈ります。
合掌。